2017年2月22日放送の「ためしてガッテン」でとんでもない内容が放送されていました。
糖尿病に効く睡眠薬があると言い、処方箋医薬品であるオレキシン受容体拮抗薬「ベルソムラ」とメラトニン受容体作動薬「ロゼレム」がしっかりと薬品名がわかる形でうつっていました。
放送を見た感想を薬剤師の立場でお話しします。
ベルソムラに副作用はある
新しい薬と言って安全性が高いことにはならない
稲葉医師「新しい薬剤ですので安全性が高い」
大阪市立大学代謝内分泌病態内科学の稲葉雅章教授がこのようにおっしゃっていましたが、まず新しい薬剤だから安全性が高いと言うのは間違いです。新しい薬は古く長く使われた薬よりも情報が少ないので、予想外の副作用が起こるかもしれません。
「新しい薬剤」と「安全性が高い」と言うのは論理的につながりはありません。
副作用はある
稲葉医師「非常に副作用の心配は無くなっていますので、糖尿病の患者さんにでも気軽に飲んでいただいている」
稲葉医師ははっきりこうおっしゃっていましたが、オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ)にもメラトニン受容体作動薬(ロゼレム)にも副作用はあります。
ベルソムラの添付文書上の副作用をあげますが、こんな感じです。
めまい、頭痛、疲労、悪夢が1-5%と高い確率で起きています。「質のいい睡眠」と言っていながら悪夢を見る人もいるんですよ。これのどこが質のいい睡眠なんですかね。
島崎和歌子さんが「睡眠薬を飲み続けると日中まで眠くなりそうなイメージ」と言っていたのを稲葉医師は否定していましたが、このお薬を飲んで日中まで眠くなる方はもちろんいます。
飲み合わせの問題もある
よく処方される抗生剤であるクラリスロマイシン(クラリス・クラリシッド)との併用が禁忌です。血中濃度が上がり危険なため、一緒に飲んではいけません。安全な薬と印象付けていましたが、そんなことはありません。
他にも一緒に飲んではいけない薬はあります。
糖尿病に使う薬ではない
処方箋医薬品というのは、適応というものがあり、その適応にふさわしい人にだけ処方することができます。誰にでも使えるわけではありません。
ベルソムラの適応は「不眠症」で不眠の人だけです。糖尿の人に処方できるものではありません。さらに、「二次性不眠症に対する本剤の有効性及び安全性は確立されていない」ともあります。
二次性不眠とは、身体的・精神的疾患やアルコールやカフェインの摂取などの不眠を引き起こしている何らかの原因があるものをいいます。たとえ、糖尿病により不眠が起きていたとしても、推奨される薬ではありません。
ちなみに効果は「プラセボに比べれば寝付きが5.2分間良くなり睡眠時間が10.7分間長くなるのが期待できる」です。治験データからみたsuvorexantの意義
具体的なエビデンスは全くない
今のところ、ベルソムラと血糖について具体的な臨床試験はありません。きちんとした臨床試験でベルソムラが血糖を下げると言ったデータはないのです。
テレビで紹介された人の血糖は確かに下がったように放送されていました。実際、お薬を飲んだ後の血糖が、食後の血糖なのかどうかもわからなければ、食事の内容が同じなのかもわかりません。
テレビが来て「あなたに血糖を下げる睡眠薬を与えます。1週間後、また血糖を測りに来ます。」と言われたらその1週間、間違いなく節制しますよね。運動も増やすでしょうし、食事も減らすでしょう。
きちんと薬の効果以外の影響を排除していない状態でたった一人の患者さんが血糖が下がったと言っても全く信頼できるものではありません。
稲葉医師の元では17人中14人が血糖が下がったと言うようなことも放送されてましたが、偽薬(プラセボ)と比べたわけでもありません。偽薬(プラセボ)でも、「この薬は痛みを抑える効果があります」と言われて飲むと、鎮痛効果が示されたと言う話もあります。(例 PMID: 27755279)
適切な試験でエビデンスがない以上、信頼するものではありません。
睡眠と血糖は関係が深いのはわかります。ただ、だからと言って睡眠薬を飲めば血糖値が下がるかどうかと言うのはイコールになりません。
訂正すべき内容
「ベルソムラなどの新しい睡眠薬を飲むことで血糖が下がる」ということを理解していない医師は知識不足、と感じさせるニュアンスで放送したのも問題に感じました。まずはエビデンスを出してから言いましょうよ。
エビデンスがない→糖尿病の治療法として適切ではないにも関わらず、睡眠薬を処方するのはおかしいことです。知識のある医師こそ処方はしません。処方されないことが不満で患者が病院を渡り歩くようになったら医療費の無駄でしかありません。
NHKは訂正するぐらい不適切な内容です。BPOでも問題としてあげられるのではないでしょうか。
2017年2月28日追記
NHKから謝罪が発表されました。
最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎 – NHK ガッテン!
睡眠障害が改善したことで、17人中、14人の血糖値が改善したというデータを番組ではお伝えしました。 しかし、番組内に「睡眠薬で糖尿病の治療や予防ができる」などの行き過ぎた表現や短絡的な表記があり、あたかも睡眠薬を糖尿病の治療や予防に、直接使えるかのような誤解を与えてしまいました。
製薬メーカーのMSDからもHPnite声明が出されました。
2月22日放送のNHK「ガッテン!」にて「最新報告!血糖値を下げるデルタパワーの謎」という特集がありました。 その中で、弊社の不眠症治療薬であるオレキシン受容体拮抗薬を服用し、熟睡することで糖尿病が改善するという内容の放映がありました。 今回の番組はNHKが独自で企画・取材したものであり、MSDからNHKへ情報提供などは行っておりません。 ベルソムラは不眠症治療薬であり、糖尿病治療薬としての適応はございません。
一般社団法人日本睡眠学会としての見解(PDF)
番組で取り上げられた睡眠薬については、既存の臨床試験データにおいて も⾎糖降下作⽤は確認されていません。⼀部の研究者の限られた研究デー タを根拠として糖尿病治療に⽤いることは倫理的にも医学的にも許容され ません。
あとがき
早速、薬局で「糖尿病に効く睡眠薬がある」と患者さんがおっしゃってました…もし両親や知り合いがこのことをいっていたら違うと言ってあげてください。